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東京地方裁判所 平成2年(ワ)695号 判決 1999年6月25日

原告 レムーン株式会社

右代表者代表取締役 梶原寿太郎

右訴訟代理人弁護士 堀内稔久

被告 株式会社パル

右代表者代表取締役 白崎清和

右訴訟代理人弁護士 土門宏

被告 株式会社稲毛豊建築設計事務所

右代表者代表取締役 稲毛豊

被告 株式会社 島崎工務店

右代表者代表取締役 嶋﨑勇

右両名訴訟代理人弁護士 中川隆博

主文

一  被告株式会社稲毛豊建築設計事務所及び被告株式会社島崎工務店は、原告に対し、各自、金二四四〇万七七一三円及びこれに対する本判決送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告の被告株式会社稲毛豊建築設計事務所及び被告株式会社島崎工務店に対するその余の請求並びに被告株式会社パルに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告株式会社パルとの間に生じた部分は、原告の負担とし、その余は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告株式会社稲毛豊建築設計事務所及び被告株式会社島崎工務店の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、各自、金三五〇〇万円及びこれに対する本判決送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第二事案の概要

本件は、原告が、隣地の建物の建築工事により地盤が沈下し、その結果、原告所有の建物が損傷したと主張し、隣地の建物を注文した被告株式会社パル(以下「被告パル」という。)に対しては民法七一六条(注文者責任)により、同建物を設計、工事監理した被告株式会社稲毛豊建築設計事務所(以下「被告設計事務所」という。)及び同建物を建築した被告株式会社島崎工務店(以下「被告工務店」という。)に対しては同法七〇九条により、原告所有の建物の補修費用等合計三五〇〇万円の支払を求めている事案である。なお、遅延損害金の始期は、不法行為後の日(判決送達の日の翌日)である。

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(括弧内に摘示)により容易に認められる事実(以下「争いのない事実等」という。)

1  当事者

(一) 原告

原告は、洋服の製造・販売、不動産の賃貸・管理等を業とする株式会社であり、別紙物件目録記載一の建物(以下「原告建物」という。)を所有し、株式会社サンライフに賃貸している。

(二) 被告ら

(1) 被告パルは、婦人衣料の製造・販売等を業とする株式会社であり、別紙物件目録記載二の建物(以下「被告建物」という。)を注文し、所有している。

(2) 被告工務店は、土木建築請負、建築設計、工事監理等を業とする株式会社であり、被告建物を建築した。

(3) 被告設計事務所は、建築設計、工事監理等を業とする株式会社であり、被告建物を設計し、その建築工事を監理した。

2  建物

(一) 原告建物

原告建物は、六階建部分(昭和三六年八月に建築された二階建てが、昭和三八年九月、六階建てに増築されたもの)に四階建部分(昭和四五年三月に建築された二階建て一部三階建てが、昭和四六年始めころ、四階建てに増築されたもの)が増築された建物である(以下、右六階建部分を「原告旧建物」といい、右四階建部分を「原告新建物」という。)。

(二) 被告建物

被告建物は、昭和六四年一月に完成した地下一階、地上五階建ての建物である。

二  原告の主張

1  原告建物の損傷

被告工務店が被告建物の建築工事(以下「本件工事」という。)に着工した後、原告新建物は、西側に四〇ミリメートル傾斜し、東側の原告旧建物との接合部分周辺に亀裂が生じた。右傾斜・亀裂は、今後も進行する可能性がある。

2  因果関係

原告建物の損傷は、被告建物の敷地(以下「被告土地」という。)の掘削及び山留工事に起因して被告土地から地下水が流出したため、原告建物の敷地(以下「原告土地」という。)が不同沈下した結果生じたものである。

3  被告らの責任

(一) 被告パルの責任

被告土地一帯が軟弱地盤であることは、周知の事実であった上、本件工事に先立って実施された被告土地のボーリング調査によっても判明していたのであるから、被告パルは、本件工事を発注するに当たり、被告工務店及び被告設計事務所に対し、隣接建物に損傷を与えないよう指示すべきであったにもかかわらず、これを怠った。

(二) 被告工務店の責任

本件工事は、被告土地を原告建物の至近距離で掘削するものであった上、被告土地の地盤は、軟弱で水分を多量に含有していたのであるから、被告工務店は、本件工事に当たり、隣接する原告建物の基礎を調査した上、原告建物に損傷を与えないよう適切な掘削及び山留工事を施工すべきであったにもかかわらず、これを怠った。

(三) 被告設計事務所の責任

被告設計事務所は、ボーリング調査の結果により、被告土地が軟弱で水分を多量に含有する地盤であることを熟知していたのであるから、隣接する原告建物に損傷を与えないよう被告建物を設計し、本件工事を監理すべきであったにもかかわらず、これを怠った。

4  損害

原告建物の原状を回復するためには、原告建物の傾斜矯正工事を行う必要があり、その費用は、左記とおりである。

(一) 復旧工事費用 三〇〇七万六〇〇〇円

(内訳)

仮設工事費用 三五四万七〇〇〇円

不陸矯工事費用 一一九〇万九二〇〇円

外部補修工事費用 三五七万二八〇〇円

内部補修工事費用 六三七万九一〇〇円

諸経費 三七九万一九〇〇円

消費税 八七万六〇〇〇円

(二) 賃借人一時立退費用 六七万〇三八〇円

(三) 賃借人営業一部補償費用 四五〇万円

合計 三五二四万六三八〇円

三  被告パルの主張

1  因果関係について

被告土地の山留工事施工中に被告土地から流出した地下水はわずかであったから、右山留工事と原告建物の損傷との間に因果関係はない。

原告建物の損傷は、原告建物が老朽化していたこと、原告新建物の基礎の支持力が不足していたこと及び原告新旧建物の接合が不完全であったことによって生じたものである。

2  被告パルの責任について

被告パルは、本件工事に当たり、被告工務店及び被告設計事務所に対し、隣接建物に損傷を与えないよう指示した。

3  損害について

原告の主張は争う。

四  被告工務店及び被告設計事務所の主張

1  因果関係について

被告土地の山留工事施工中に被告土地から流出した地下水はわずかであったし、原告建物には、敷地が不同沈下した場合の損傷(内外壁の多数の亀裂、シャッターや窓の開閉不能等)が生じていないから、原告建物の損傷は、被告土地の山留工事に伴う原告土地の不同沈下によって生じたものではない。

原告建物の損傷は、原告新建物の基礎工事に瑕疵があったこと、原告新建物が違法に増築されたこと及び原告新旧建物の接合が不完全であったことによって生じたものといわざるを得ない。

2  被告工務店の責任について

被告工務店は、被告土地の掘削及び山留工事に当たり、被告土地の地質調査を実施し、区役所の掘削許可を得た上、親杭横矢板工法(親杭と呼ばれるH型鋼を掘削壁面に一定間隔で打ち込み、掘削と並行して親杭の間に横矢板を入れて山留めをする工法)を採用し、施工した。

右工法は、隣接建物に損傷を与えない適切な山留工法であるから、被告工務店は、原告建物の損傷について責任を負わない。

3  被告設計事務所の責任について

被告設計事務所は、被告工務店に対して本件工事の施工方法を指示する義務を負わない。

4  損害について

原告の主張は争う。

第三当裁判所の判断

一  《証拠省略》及び前記争いのない事実等に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  被告土地の掘削及び山留工事

(一) 被告工務店は、被告土地の山留工事において、親杭横矢板工法を採用することとし、日本鉄鋼建材リース株式会社に対し、被告土地について、土質調査及び親杭横矢板工法の構造計算を依頼した。

同社は、昭和六三年五月二五日から同月二七日にかけて、被告土地においてボーリング調査を実施し、地表から深度一・五メートルまでが土質の硬い埋土、深度一・五メートルから同五・五メートルまでが土質が軟弱で水分を多量に含有する砂質シルト層、深度五・五メートルから同六・九メートルまでが土質が比較的硬く水分を中程度含有する微細砂層であること、孔内水位が地表から深度一・二メートルであることなどの調査結果を得た。

また、同社は、右調査結果に基づき、被告土地の掘削深度、H型鋼の長さ、H型鋼を打ち込む深度及び間隔、横矢板の厚さ等を算出した。

(二) 被告工務店は、同年七月一八日から同年八月二六日にかけて被告土地の山留工事(以下「本件山留工事」という。)を行い、その間、同月一日から同月五日、同月一八日から同月二四日の二度にわたって被告土地を掘削したが(以下、この掘削工事を「本件掘削工事」という。)、その内容は、次のとおりであった。

(1) 親杭となるH型鋼を打ち込むため、被告土地を無振動掘削機(オーガー)で掘孔する。

(2) オーガーを引き抜きながら、右掘孔部分にセメントミルクを注入する。

(3) 右掘孔部分に幅二五センチメートル、長さ一〇メートルのH型鋼を八〇センチメートル間隔で打ち込む。

(4) 各H型鋼の先端部分を連結(頭継ぎ)する。

(5) 被告土地を地表から深度四・六メートルまで掘削する。

なお、被告土地の掘削壁面と原告新建物の基礎との距離は、約二〇センチメートルであった。

(6) 各H型鋼の間に厚さ三五ミリメートルの矢板をはめ込む。

(7) 親杭となるH型鋼にこれを補強するH型鋼を連結(切梁、火打梁)する。

(三) また、被告工務店は、原告建物に与える影響を考慮して、原告建物側のH型鋼を抜かずに埋め残し(埋殺し)、雨水等の浸透を防ぐため、右H型鋼と原告建物との間の地表面にコンクリートを打設した。

2  原告建物の損傷

(一) 地下水の流出

本件掘削工事が行われた昭和六三年八月初旬から中旬にかけて、被告土地の掘削壁面から地下水が染み出しており、ポンプで汲み上げられていた。

そのため、株式会社サンライフの代表取締役である小林弘(以下「小林」という。)は、本件工事現場の関係者に対し、地下水の流出によって原告建物が倒壊するのではないかと苦情を申し入れ、原告代表者は、同月初旬ころ、被告工務店の専務を呼び出し、地下水の流出によって原告建物が傾斜するのではないかと抗議した。これに対し、右専務は、地下水の流出は隣接建物に影響を与えない旨回答した。

(二) 損傷発生の経緯

小林は、同月中旬ころ、原告新建物の東側の原告旧建物との接合部分周辺に亀裂を発見し、原告代表者に報告した。原告代表者は、これを確認した上、被告工務店に対し、原告新建物に亀裂が生じた旨申し入れた。被告工務店は、同月一八日に原告新建物を調査したところ、亀裂にはほこりがたまり、天井の一部は雨漏りのため腐食している状況が見られたが、同月二九日ころから翌月八日ころにかけて、亀裂にコーキング措置を施して補修をした。

その後、原告新建物の亀裂が拡大したため、小林は、同年一〇月二七日、原告代表者に報告した。原告代表者は、これを確認した上、被告工務店に対し、原告新建物の亀裂が拡大した旨申し入れた。被告工務店は、同月三一日に原告新建物を再調査し、同年一一月二二日ころから翌月一四日ころにかけて、亀裂をアルミ板で覆うなどして補修をした。

(三) 原告新建物の傾斜

(1) 原告は、原告新建物に亀裂が生じたころ、原告新建物が傾斜していることに気付いたため、平成元年四月一八日、清水建設株式会社に原告新建物の傾斜を測定させた。その結果、原告新建物は、北東部分を基準にすると、二階及び三階床面でマイナス四二ミリメートル、四階天井面でマイナス三二ミリメートル、屋上床面でマイナス四〇ミリメートル、それぞれ西側に傾斜していることが判明した。

(2) 原告新建物は、平成九年四月一九日時点において、北東部分を基準にすると、二階床面でマイナス四九ミリメートル、三階床面でマイナス四八ミリメートル、四階天井面でマイナス三八ミリメートル、屋上床面でマイナス四三ミリメートル、それぞれ西側に傾斜していた。

(四) 原告建物の亀裂

原告新建物の原告旧建物との接合部分周辺(床、内外壁、柱及び天井)には、昭和六三年一〇月二八日時点において、日常生活に支障・危険を及ぼす程度の亀裂・隙間が生じており、右亀裂・隙間は、その後拡大した。

原告旧建物の原告新建物との接合部分周辺(四階外壁)には、平成四年一一月二日時点において、亀裂が生じていた。

二  本件掘削・山留工事と原告建物の損傷との因果関係

1  《証拠省略》及び右一において認定した事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件掘削工事が原告新建物の至近距離において被告土地を地表から深度四・六メートルまで掘削するものであったこと、被告土地の掘削底面の土質が、水分を多量に含有し、軟弱で圧縮性の大きい粘性土であり、被告土地の孔内水位が、地表から深度一・二メートルと高かったこと、本件山留工事において、親杭横矢板工法が採用・施工されたところ、同工法は止水性を有していないこと、本件掘削工事が行われた昭和六三年八月初旬から中旬にかけて、被告土地の掘削壁面から地下水が染み出しており、ポンプで汲み上げられていたこと、そのころ、原告新建物が被告土地に面する西側に傾斜し、原告新建物の東側の原告旧建物との接合部分周辺に亀裂が生じたこと、その後、右傾斜・亀裂が進行していること、以上の事実が認められる。

これらの事実と、原告新建物が傾斜した原因について、主として本件山留工事による原告土地の不同沈下であるとする鑑定人生田義昭の平成五年二月付け鑑定の結果(以下「生田鑑定(一)」という。)及び本件掘削・山留工事による原告土地の圧密沈下(土地の体積が減少し、密度が増大することによって、地盤が沈下する現象)であるとする鑑定人近藤勉の鑑定の結果(以下「近藤鑑定」という。)を併せ考えれば、本件掘削・山留工事と原告建物の損傷との間には因果関係があるというべきである。

2  この点、被告らは、本件掘削・山留工事と原告建物の損傷との因果関係について争うので検討する。

(一) 地下水の流出について

被告らは、本件山留工事の施工中、被告土地から流出した地下水はわずかであったと主張し、証人宮路昭男(以下「宮路」という。)及び証人伊藤秀夫(以下「伊藤」という。)は、昭和六三年八月一八日時点及び同月二〇日時点の被告土地の状況やその近隣の土地を掘削した状況について言及した上、被告土地から流出した地下水は若干量(いわゆるシボリ水程度)であった旨証言する。しかし、右1において判示した事実並びに証人小林の証言及び原告代表者の供述に照らし、右証言部分は採用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 原告建物の老朽化について

被告パルは、原告建物の損傷について、本件工事が施工される前から生じていたことを根拠として、原告建物の老朽化によって生じたものであると主張する。そして、証人宮路は、本件工事施工前から原告建物に亀裂が生じていた旨証言し、昭和六三年八月二〇日に撮影された原告建物の写真によれば、老朽化によるか否かはともかく、本件工事施工前から原告建物に亀裂が生じていたことがうかがわれる。しかしながら、前記一において認定した事実、とりわけ、原告新建物が本件掘削工事の直後に傾斜したこと、そのころ、原告新建物に日常生活に支障・危険を及ぼす程度の亀裂が生じたことからすると、本件工事の施工後に生じた亀裂は、それまでの亀裂とは別個の原因によるものというべきである(本件工事が施工される前から原告建物に亀裂が生じていた事実は、損害額の算定において考慮すれば足りる。)。

(三) 原告新建物の増築について

原告建物の損傷について、被告工務店及び被告設計事務所は、原告新建物を四階建てに増築した結果、原告新建物の均衡が失われたために生じたと主張し、被告パルは、右増築によって原告新建物の基礎支持力が不足するようになったために生じたと主張する。

なるほど、争いのない事実等及び《証拠省略》によれば、原告新建物は、昭和四五年三月に建築された二階建て一部三階建てが、昭和四六年三月ころ、四階建てに増築された建物であること、原告新建物の設計図書が紛失しており、その基礎の状態が明らかでないこと、右増築が当初から予定されていたか否か判然としないことなど、右主張に沿った事実が認められる上、生田鑑定(一)には、右増築工事の施工が不良であったこと、右増築によって原告土地に対する荷重が不均衡になったことが記載されている。

しかしながら、生田鑑定(一)によっても、右施工不良及び荷重不均衡も一応許容範囲内であるとされていること、原告新建物の損傷が本件掘削工事の直後に生じたこと、原告新建物が被告土地に面する西側に傾斜したことなどを併せ考えると、原告建物の損傷は、右増築によって影響を受けたというにとどまり、右増築によって生じたということはできない(右増築による影響は、損害額の算定において考慮すれば足りる。)。

(四) 原告新旧建物の接合不良について

被告らは、原告建物の損傷は、原告新旧建物の接合が不完全であったために生じたと主張し、《証拠省略》によれば、原告新旧建物は、構造の相違から地震時の振幅も異なること、昭和六三年八月一二日に震度四の地震が発生したこと、本件工事施工前から原告建物に亀裂が生じていたことが認められ、生田鑑定(一)には、振幅の相違に起因して原告新旧建物が相互に破損し合う可能性があること、原告新旧建物の接合の設計施工が不良であったことが記載されている。

しかしながら、昭和四五年に原告新建物が原告旧建物に接合された後、頻繁に地震が発生しているにもかかわらず(東京における震度一以上の有感地震は、毎年二〇ないし五〇回発生しており、震度四以上の地震もほぼ毎年発生している。)、昭和六三年八月ころまで原告建物に目立った損傷が生じていなかったこと、本件掘削工事後初めて原告新建物が傾斜するとともに亀裂を生じたことからすると、原告建物の損傷が、原告新旧建物の接合不良を原因として生じたということはできない(もっとも、原告建物の損傷が原告新旧建物の接合部分に集中していることからすると、原告新旧建物の接合不良は、原告建物の損傷に影響を与えたといわざるを得ず、その点は損害額の算定において考慮されるべきである。)。

(五) 原告新建物の基礎工事の瑕疵

被告工務店及び被告設計事務所は、原告建物の損傷は、原告新建物の基礎工事の瑕疵によって生じたと主張するが、右瑕疵の存在を認めるに足りる証拠はない。

三  被告らの責任について

1  被告パルの責任

(一) 原告は、被告パルは、被告土地が軟弱地盤であることを知っていたのであるから、本件工事を発注するに当たり、被告工務店及び被告設計事務所に対し、隣接建物に損傷を与えないよう指示すべきであったにもかかわらず、これを怠ったと主張する。

(二) 《証拠省略》によれば、被告パルは、昭和五三年ころから、被告土地上の木造二階建ての建物を賃借していたところ、昭和五七年に右土地建物を購入し、昭和六二年ころ、右建物を取り壊して地下一階地上五階建ての被告建物を建築することを計画したこと、被告パルは、昭和六三年五月一七日、銀行から紹介された被告工務店との間で、被告建物の工事請負契約を締結し、同日、被告工務店から紹介された被告設計事務所との間で、被告建物の設計及び工事監理を内容とする建築士業務委託契約を締結したこと、被告パルは、被告建物の設計・建築に当たり被告工務店又は被告設計事務所に特別の指示注文をしたことはなく、他方、被告工務店又は被告設計事務所から被告土地の地下水の流出により原告建物に損傷を与える旨の指摘を受けたこともないこと、以上の事実が認められ、被告パルが婦人服の製造販売を業としていることは当事者間に争いがない。

(三) 右に認定した事実によれば、被告パルは、土木建築に関する専門的知識を有するものではないから、被告土地又はその地上建物を一〇年来使用していた事実だけから被告土地が軟弱であることを知っていたということはできない。また、被告建物の設計監理及び建築を依頼するに当たり、被告パルは、専門家である被告設計事務所及び被告工務店に対し、隣接地に損傷を与えないよう黙示に指示していたというべきであるし、右に認定した事実に照らし、本件においては、明示的に指示すべき特別の事情があったとまでいうこともできない。したがって、本件工事を発注するに当たり、被告パルに過失があったとすることはできない。

2  被告工務店の責任

(一) 原告は、被告工務店は、隣接する原告建物の基礎を調査した上、原告建物に損傷を与えないよう被告土地を掘削・山留めすべきであったにもかかわらず、これを怠ったと主張する。

(二) 《証拠省略》及び前記一において認定した事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件掘削工事は、原告新建物の至近距離において被告土地を四・六メートル掘削するものであったこと、右掘削底面の土質は、水分を多量に含有し、軟弱で圧縮性の大きい粘性土であったこと、被告工務店は、被告土地のそのような土質について知悉していたが、本件山留工事において親杭横矢板工法を採用したこと、水分を多量に含有する地盤の山留工事においては、止水性を有していない親杭横矢板工法ではなく、止水性の高い工法(シートパイル工法、連続壁工法等)が適していること、被告工務店は、本件工事を施工するに当たり、原告旧建物が六階建てであり、原告新建物が四階建てであったことから、その基礎には当然に支持杭が打たれているものと判断し、原告建物の基礎について調査しなかったばかりか、原告建物全体の傾斜や亀裂の状況についてさえ事前に調査・確認をしなかったこと、本件掘削工事施工後、被告土地の掘削壁面から地下水が染み出し、小林や原告代表者からその旨指摘されたにもかかわらず、被告工務店は、本件掘削・山留工事を中断・変更しなかったこと、以上の事実が認められる。

(三) 右に認定した事実によれば、被告工務店には、本件工事を施工するに先立ち、被告土地の土質、隣接建物の基礎の状況及び損傷の程度について調査をし、隣接建物に損傷を与えないよう被告土地を掘削・山留めすべき注意義務があったというべきである。しかるに、被告工務店は、原告建物の基礎について調査をせず、原告建物が支持杭を用いているものと軽信し、原告建物の損傷の程度について容易に調査し得たにもかかわらず、これを怠り、さらには、被告土地の土質を調査したにもかかわらず、軟弱地盤を掘削底面とする掘削工事を行い、かつ、止水性のない親杭横矢板工法によって山留工事を行っている。そうすると、被告工務店には、本件掘削・山留工事の施工につき右注意義務違反の過失があったといわざるを得ない。

(四) なお、原告建物の設計図書が現存しなかったのであるから、被告工務店が原告建物の基礎について調査をしていたとしても、基礎の実態は容易に判明しなかったものと考えられる。しかし、被告工務店が、原告建物の基礎について調査をしていたならば、何らかの情報を収集できたというべきであるし(原告代表者は、原告新建物を建築した会社に問い合わせたところ、基礎は布基礎であろうとの回答を得た旨供述する。)、仮に原告建物の基礎が判明しなかったとすれば、より一層原告建物に損傷を与えないよう配慮すべきであったというべきであるから、原告建物の設計図書が存在しなかったことは、被告工務店の過失に関する右判断を左右しない。

3  被告設計事務所の責任

本件掘削工事の内容、被告土地の土質及び親杭横矢板工法の性質は前記一及び二において認定したとおりである。したがって、被告設計事務所は、本件掘削・山留工事によって隣接建物に損傷が生じることを十分に予測し得たはずであるから、被告工務店に対し、予測される損傷を指摘し、かつ、それを避けるための適切な掘削・山留工事の方法を助言するなどして工事が適正に行われるよう監理すべき注意義務があったというべきであり、これを怠った点に過失があったといわざるを得ない。

四  損害額について

1  補修費用等

(一) 傾斜補修費用

近藤鑑定によると、原告新建物の傾斜を補修するためには、原告新建物の基礎の下部に鋼管杭を打設し(東側に四本、西側に四本、南側中央部に二本)、ジャッキアップする鋼管杭圧入工法によるべきであり、その費用は、一一三九万九三一〇円(仮設工事一一九万七三六〇円、土工事三三九万五三五〇円、鋼管杭圧入工事四四九万円、沈下修正工事一四九万六六〇〇円、定着工事八二万円)であることが認められる(鑑定人生田義昭の平成六年七月付け鑑定の結果(以下「生田鑑定(二)」という。)においては、原告新建物の基礎の下部に打設する鋼管杭は二本で足り、その費用は、五四一万六七七〇円であるとされているが、同鑑定は、原告新建物の基礎や原告土地の沈下の状況について十分考慮したものとはいえないから、これを採用することはできない。)。

(二) 亀裂補修費用

近藤鑑定によると、原告建物の亀裂補修費用は、一〇六五万六六〇〇円(一階復旧工事三九三万五八〇〇円、二ないし四階室内復旧工事三五九万〇四〇〇円、外壁屋上工事三一三万〇四〇〇円)であることが認められる(生田鑑定(二)は、原告建物の亀裂補修費用は、二七四万七二一六円であるとするが、同鑑定は、近藤鑑定と比較して具体性に欠けるから、これを採用することはできない。)。

(三) 諸経費

近藤鑑定によると、原告建物の補修工事に要する諸経費は、四四一万一一八二円であることが認められる。

なお、近藤鑑定は、傾斜補修費用(不陸矯正工事費用)を一五八〇万円、亀裂補修費用を一〇六〇万円であるとし、諸経費を傾斜補修費用の中に含めているが、鑑定書添付の見積書においては、右諸経費は、傾斜補修工事及び亀裂補修工事の双方に係るものとして、その合計費用(二二〇五万五九一〇円)の二〇パーセントに相当する金額が計上されている。そうすると、右諸経費は、傾斜補修費用及び亀裂補修費用の合計額の二五パーセントに当たる額を諸経費とする生田鑑定(二)と比較しても、不相当な金額であるということはできない。

(四) 消費税相当額

原告は、補修費用の消費税相当額についても損害として主張するところ、請求金額に係る遅延損害金の支払を判決送達の日の翌日から求めている請求の趣旨に照らし、原告が現時点における損害の賠償を求めていることは明らかであるから、消費税相当額の算定に当たっては、本訴提起時の消費税率(三パーセント)ではなく、現時点の消費税率(五パーセント)を採用するのが相当である。

したがって、右(一)ないし(三)において認定した補修費用合計二六四六万七〇九二円の消費税相当額は、一三二万三三五五円ということになる。

(五) ところで、本件工事施工前から原告建物に亀裂が生じていたことは前記二2(二)に認定したとおりであり、生田鑑定(一)、近藤鑑定及び弁論の全趣旨によると、原告新建物の傾斜・亀裂の程度は、原告新建物が増築され、原告土地に対する荷重が増加し、かつ、不均衡となったこと、増築工事の設計施工が不良であったこと、原告新建物が軟弱な地盤の上に布基礎により建築されていたことなど原告側の事情によって影響を受けたといわざるを得ないから(証人宮路によれば、右増築は建築基準法に違反しているものと認められる。)、右(一)ないし(四)において認定した金額の全部を原告の損害であるとすることはできない。そこで、補修費用に関する原告の損害は、損害の公平な分担という観点から、右合計金額二七七九万〇四四七円の七割に相当する一九四五万三三一三円と認めるのが相当である。

2  転居費用等

近藤鑑定によれば、株式会社サンライフは、原告建物の補修工事に伴い、二か月間、原告建物から転居しなければならず、その費用は、合計三九五万四四〇〇円(転居費用八二万二二〇〇円×二回、賃料五二万五〇〇〇×二か月、仲介手数料及び礼金各五二万五〇〇〇円、諸経費二一万円、いずれも消費税を含む。)であることが認められる。

3  営業補償費用

原告は、原告建物の補修工事に伴い株式会社サンライフに補償すべき営業損害について具体的に主張立証しないが、株式会社サンライフが、紳士服、作業服等の製造・販売を業とする株式会社であり、昭和五九年九月以来原告建物を賃借していたことを考慮すれば、右工事の間の営業損害として原告が株式会社サンライフに補償すべき金額は、一〇〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

4  まとめ

以上によると、原告が本件工事によって被った損害額は、合計二四四〇万七七一三円となる。

第四結論

以上の次第であるから、原告の請求は、被告工務店及び被告設計事務所に対し、二四四〇万七七一三円及びこれに対する本判決送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 丹羽敦子 裁判官端二三彦は、転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡久幸治)

<以下省略>

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